|
|||||||||||||
印章、それは非常に小さなものですが我々の社会生活を営む上で大変大きな役割をもっております。しかしその印章が何故そのような役割をもつようになったか、又その歴史的な背景というものはあまり知られていません。そこでまず印章の起源を訪ねてみましょう。 最も古い印章の例は約5000年前の古代オリエント文明のものとされております。スタンプ印章・円筒印章といわれるもので、粘土板に捺して部族標識的な使い方をしていたようです。 |
![]() 円筒印章と押された粘土板 <オリエント美術館蔵> |
||
| オリエントから一方はエジプト文明へ又一方はインダス・中国文明へと伝播し、特に中国では最も発達した形で使われるようになります。殷から漢の時代にかけて無数の印章が作られており、今日それは封泥印と呼ばれております。これは当時文書といえば竹簡木簡であり、これを皮袋につめて送るわけですが、この括り紐の結び目を粘土で埋めて印章を捺すわけです。そうしますとその固まった粘土を割るか紐を切らない限りその文書を取り出すことが出来ません。つまりこの文書の発送人の証になるわけです。このことは印章に各地方官吏の地位のシンボルの意味を持たせることになります。「印授を佩びる」とはそういうところから言われるわけです。そうして後漢時代以後、紙の普及にともない紐で括る必要が失われると共に、のりで閉じた面に封印するとか紙面に直接捺印するという今日のような使用形態になってゆくわけです。 | |||
![]() 縛った後に粘土を埋め そこに印を押す |
印章の役割は初期の封泥をすることに要約されています。空間的時間的に離れた他者へその内容が他から害されるのを防ぐと同時に自分自身の意思であることを証明することにあるといえるでしょう。
さて以上で印章の重要な役割は自分自身の意思の証明であることがお解り頂けたと思います。しかし我々が社会生活を営む上でこの意思というものが案外厄介です。心は常に一定というわけではありません。その時、その場面で変化してゆきます。迷いもあります。しかし他者と係りをもつ社会では、どこか一点で決意し約束し又契約しなければなりません。その意思の表明が捺印の儀式です。これは特に今日のように複雑な社会になればなる程、重要な意味をもってまいります。あの時の気持ちは間違いだったといって責任を逃れる様なことは、現実の社会では認められようも有りません。契約の履行は社会の掟であります。ですからどんなに粗末に捺した印でもその責任から逃れることは出来ません。それ故印章を捺すには如何に慎重であってもありすぎることはありません。 印章は両刃の刃です。貴方の生命財産を守る場合もありますが、その逆の場合もあります。軽率に捺印したばかりに、一生を台無しにした人々の例は枚挙にいとまがありません。印章の小さな姿に反し、その役割の大きさを改めて知る必要があるでしょう。 |
||
さて、そのような印章の役割の大きさから、印に対し縁起をかつぐ人は少なくありません。あの印を捺した時は良い結果だったとか、この印を捺した時は思わぬ損害を被ったとか、契約の結果をその時使用した印章のせいではないかと考える人があります。しかしそれは丁度その契約に使用した万年筆のせいにするのと同じです。印章は「示信の具」つまり示信という神聖な役目を果すためのものではありますが、「具」であることに変わりはありません。あくまでそれを使うのはその人自身の意思であります。とは言いましても不満足の結果が起ると何かのせいにしたいのは人の常、また印章にはそう思わせるだけの神秘性があります。何と言いましてもあのうねうねした特殊な文字、それは不思議な霊気を備えているように見えます。まずこの文字から探ってみましょう。 |
|||
|
普通印章に使われております文字は篆書と称されるものです。これは今から約2200年以前秦の始皇帝の時、李斯という宰相が整備確立したものです。当時漢字が成立して既に1500年、春秋戦国時代を経て各地域で思い思いの字体が使われるようになっており、秦の統一国家としての体裁を保つためには、どうしてもこの文字の統一という事業が必要だったわけです。その必要が篆書(上記の理由で秦篆ともいう)を生んだわけです。 では、その篆書の基になった文字はどんなものだったのでしょう。中国の歴史を繙く時、一様に第一章で語られるのが甲骨文です。 |
|
![]() 「印判秘訣集」弊社蔵書 |
|||
| ではその陰陽五行法とはどういう思想なのでしょう。先ず陰陽法、これは中国古代思想の中で最も早く生れたものといわれております。全ての存在は2つの対照的なものから成り立つ、つまり一対をなすという考え方です。太陽と月、昼と夜、柔と剛、静と動、男と女等々中国人はそこに事物の2面性を見ると同時に、二つの物の対立しつつ、その一つでは成立し得ない不即不離の関係というものを観ていたのではないかと思います。この陰陽法はその後、易の根本理念となり、易学として新たな展開をする事になります。 | ||||
![]() |
次に五行法、これは森羅万象全て、木・火・土・金・水の五つの要素で構成され、この五つの要素はそれぞれ他の要素から影響を受け又、与えるとする説です。左図のように→は相生、…→は相剋といいます。木→火→土→金→水という生成順序は相生といいお互いが扶け合い良くなる関係です。そうでない…→の関係は相剋といい、お互いの働きを抹殺し合う関係になります。 |
||||
| 陰陽法と五行法は、それぞれ別個に生れた考えではありますが、その後結合されて一つのものと考えられるようになります。そしてあらゆる物にこの法則が適用されることになります。その最も重要なものが十干です。そして陰陽2元×5行=10というところから10進法の原理とされ、十二支と相まって60進法となり、暦法が編み出されてゆくわけです。 このことはその後生れ年生れ月の干支によってその人の本性が決められているとか、姓名画数にその人を導く霊意があるとかいう運命論を導く論拠となってゆきます。占いの中の帝王といわれる四柱推命もこの干支の織り成す相生相剋の原理を利用したものなのです。 |
![]() |
||||
三雅総合トップ 個人用挨拶状ショップ 法人用挨拶状ショップ 篆刻(てんこく)ショップ 出版書籍ショップ デジタルコンテンツ開発 |
||